人形劇を思い出した

今朝、勤行唱題しながら、土曜日の人形劇のことを思い出していました。

人形劇で見た主催者の息子さんの交通事故前後の様子が思い出されましたが、私の記憶により鮮明に残っていたのは、人形劇を演じる側に参加し、劇が終わった後並んであいさつした、別の遺族である親さんの涙でした。その遺族である親さんにとっては、さぞ勇気を出して人形劇の主催者側として参加することを決意されたんだろうと推察しました。

被害者の年齢や事故当時の家庭環境など、被害者の置かれた状況というのは千差万別です。だから、遺族の感情も千差万別になりますが、家族を失った遺族として一つ変わらないこと。それは、事故がなかったら生きていたはずの被害者を思う悲しみだろうな、と思いました。

被害者遺族として、命の尊さを発信していきたい。その思いの強さを私もひしひしと感じました。発信の仕方は人それぞれだと思います。人形劇の帰り道で妻と、私たちは私たちなりの方法で命の尊さを発信し続けていこうねと話しました。

人形劇が終わった後、別の部屋に展示されていた遺族のメッセージが書かれた灯篭を見て回りました。

人形劇が終わった後、主催者側のみなさんは、協力した鈴鹿大学生を含めて一斉に片付けモードに入ってしまい、ゆっくり話を聞くタイミングがなかったのが残念でした。

そんなことを考えながら、今朝は我が息子たちの幸せをご祈念しました。

身支度をしていたら、妻の携帯がピコンピコン鳴っていました。まゆみちゃんグループのグループラインで、昨日の座談会できまたさんが紹介してくれた御書の一節に関して、きぬよさんが投げかけてくれたそうです。妻はそのことをとても喜んでいました。きぬよさんの投稿に対して、かずちゃんが即座に返信してくれたそうで、そんなかずちゃんの姿にも妻と一緒に感動しました。

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