豊かな土曜日の朝

昨日職場で、特定保健指導という健康のための個人面談がありました。人間ドックの結果で何かしらの数値に問題がある職員が抽出されます。私は管理栄養士の女性とのその面談により、主に食事面の改善が必要だと感じ、管理栄養士さんと相談して、間食(甘いもの)を減らす目標を定めました。計算をしてくれ、体重では3.5キロ減が目標ということになりました。食べることが大好きな私にとっては、つらいことなんですが・・。もちろん、ジョギングはこのまま続けていきます。

今朝は、土曜日にしてはいつもより早く目が覚めましたので、居間に置いてくれてあった紙の聖教新聞に目を通しました。仕事が休みの日は、朝一番でできるだけ紙の聖教新聞を読むように心がけています。

今日もいくつかの記事に目が留まりました。読みながら、今後の自分の進み方や生き方について、ぼーっとではありますが、思いを巡らせました。これも私の豊かな時間なのかなぁと思いました。

歌舞伎俳優の十八代目中村勘三郎さんは、暇さえあれば、いつでもぶつぶつ、ぼそぼそと口ずさむように台詞を覚えていたという。その動作を自ら“台詞を食う”と表現した▼そんな勘三郎さんは、芝居の舞台になっている場所をしばしば訪れていた。「情景をいつでも目に浮かぶようにしておけば台詞にもリアリティが出てくる」「家で覚えているよりも、実感として、湧く」と(『勘九郎とはずがたり』集英社文庫)。たゆまぬ鍛錬と工夫の積み重ねによって、観衆の心を動かす迫真の演技が生まれた▼私たちの活動の基本は、真心こもる励ましを目の前の友に送ること。そのためには、自ら友のもとへ足を運び、よく話を聞き、その状況を知る努力が欠かせない▼家庭や仕事の状況が分かれば、その心にしっかりと寄り添うことができる。生活の悩みや課題を知れば、具体的な助言もできるだろう。後で表情や声の様子を思い出せば、友の幸福を願う祈りにも、いっそう熱がこもるものだ▼池田先生は「人間は、自分のことを『わかってくれている人がいる』、それだけで生きる力がわいてくるものです」と語った。相手を理解すること自体が、時に最高の励ましにもなる。腰を据え、友の心のひだに分け入る対話を続けたい。

〈名字の言〉

人間は誰しも、死を避けることができない。であればこそ、限りある時間をどう使うのか――。その選択が人生の価値を決める。
 続く御文で「つゆを大海にあつらへ・ちりを大地にうづむとをもへ」と仰せである。大宇宙から見れば、私たちの一生は、「つゆ」のようにはかなく、その存在は「ちり」のように些細なものであるかもしれない。
 しかし、「大願」を起こし、広布に生き抜くならば、露が大海に溶け込み、塵が大地と一体となるように、妙法という生命を貫く法と一体となり、崩れざる幸福境涯を確立していけるのだ。

〈上野殿御返事(竜門御書)〉

最後は、一生を木工彫刻に打ち込む男性の記事でした。

時代の波は容赦なく襲ってきた。一般家庭の建築様式は、“和”から“洋”へ。やがて、大きな和室を構える家は減少した。バブル経済がはじけると、ぜいたく品の消費は抑えられた。
 建築彫刻のために磨いた腕。悔しさがにじむ心に光をともしたのが、御書だった。
 「法華経の信心を・とをし給へ」(1117ページ)。一貫した姿勢の大切さを示す御文は、こう続く。「火をきるに・やすみぬれば火をえず、強盛の大信力をいだして法華宗の四条金吾・四条金吾と鎌倉中の上下万人乃至日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ」 
 昔のように、仕事に追われることはないかもしれない。それでも落胆せず、「彫刻の鈴木が頑張っているな」と喜ばれる生き方をしようと決めた。

〈滝の如く 激しく/滝の如く 撓まず/滝の如く 恐れず/滝の如く 朗らかに/滝の如く 堂々と/男は 王者の風格を持て〉

〈信仰体験〉-滝の如く 江戸木彫刻に懸けた60年-

私は高校を卒業してから約30年間、一筋に税金の仕事を続けています。途中嫌気がさした頃もありましたが、今はとてもやりがいのある仕事だと思っていますし、今後もより一層仕事の知識を深めていきたいと考えています。定年まであと10年以上もありますが、もちろん今の仕事を続けていくつもりです。

しかし、定年の後はどうしようか。40年以上打ち込むことになる税金のことを続けて行こうか、それとも、まったく違う別のことで、世の中のためになる仕事を見つけていこうか。目に見えてお客さんの喜びが感じられる、ものを作って売ったり対面サービスをする仕事をしたいという思いもあります。

昨夜会館からの帰りに、妻と話しました。昴を通じて、命の尊さを伝えていくことが私たちの使命だと。そのためには、どんなことをしていこうか。

50歳を手前にして、今、私の夢は大きく膨らんでいます。

とても豊かな土曜日の朝になった感じがします。

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