停滞
昨夜は笠間のナイター練習へ行き、全国大会進出のお祝いを渡してきました。練習場所は、大安中学校の体育館でした。後藤さんが一人練習をみていました。毎週、お疲れ様です。
帰宅すると、妻が仏壇に向かって泣いていました。たぶん妻は、私が置いていった裁判記録を読み、前回の裁判の悔しさと昴のことを思い出して泣いていたんだろうと思いましたが、あえてその確認はしませんでした。
一方私は、まだまだ、裁判モードに突入できないでいます。昨日の帰りの電車で、弁護士さん経由で入手した前回の裁判記録を読み始めましたが、前回ほど血はたぎってきませんし、なんだか、虚しさを感じずにいられません。
一週間後の第三回裁判で、最初で最後の意見陳述をするわけですので、今の気持ちをすべてそこにぶつけたいとは考えているんですが、どうしても虚しさが先立ってしまいます。第一回と第二回での加害者側の信じられない態度を目の当たりにし、何をどのように言っても、まったく伝わらないだろうとの、諦めの感情も入ってしまっています。
今朝も唱題しながら、昴と対話しました。でも、まだ気持ちは固まりませんでした。自分自身の生命力が停滞してるのかもしれません。
今日の聖教オンラインから。
「どんなに苦しい難があっても、いよいよ強盛な信心に立って、広宣流布のため、人びとのため、社会のために戦い続ける。それが、亡き家族への最高の供養ともなる。
そこに、生死を超えて家族が一体となり、永遠に福徳に包まれ進みゆく常楽我浄の道が開かれる」〈全国で諸精霊追善勤行法要〉
「私の人生の師匠・池田先生は、言ってくださるの。『あなたが自分で自分を見捨ててしまっても、私は見捨てない』って。だから私も、あなたの側にずっといるからね」〈信仰体験 九州北部豪雨から1年〉