同じ文章でも
今日の昼間、妻から〈信仰体験 スマイル 自分らしく〉に感動したと、ラインがありました。私もその記事は朝の通勤中に読みましたが、すぐに裁判のことを考えてしまい、あまり印象に残っていませんでした。
私は帰りの電車で、昨日に続き、名字の言選集を読みました。そこには、忙しい日々の生活の中で、時間に追われながらも前向きに生きるお母さん同志の姿が紹介されていました。私も、そのお母さんのように生きられるようになりたい!と思いました。
その名字の言を読んだ後、妻からのラインのことを思い出し、もう一度〈信仰体験〉を読んでみました。すると、朝は感じることができなかった、励ましの感情が生まれました。
記事の全体がとてもよかったですが、中でも、最後のところの、小学2年生の息子さんとのやりとりに感動しました。
同じ文章でも、その時その時の読み手の置かれた境涯によって、感じることは大きく異なってくるものですね。