友へ贈る
名字の言選集を読んでいて、特にいいと思ったのを2話ご紹介します。うち1話を友人に贈りました。
2014.10.27
「絶対に歩みを止めちゃいけない!」
「水澄む」とは秋の季語。秋になると空気の爽やかさを感じ、川や湖の水も清らかに映る。紅葉映える「秋の川」は、この季節の楽しみだ。
流れない川というものはない。中国の古典『呂氏春秋』に「流水不腐」とある。「常に動いている水は腐らない。同様に、人間も活動しなければ次第に身も心も衰えてしまう」との格言だ。
愛知の学会員の体験。5年前、妻が乳がんになった。リンパ節まで切除したが、転移の可能性があり、抗がん剤の治療をすることに。夫婦で病魔粉砕の唱題に励み、弘教も実らせた。“ここまで頑張ったから”。そんな期待と裏腹に、医師は背骨への転移、さらに目の難病に侵されていることを告げた。
“どうして⁉”。宿命を嘆く彼はを同志は励ました。「絶対に歩みを止めちゃいけない!」
その言葉に、彼は再び立ち上がった。完治を願う祈りには“広布のために”との思いを込め、それまで以上に懸命に学会活動に励んだ。治療も功を奏し、今年、医師から「がんが消えています」と。目の病も治っていた。
日蓮大聖人は「水の信心」を「水のごとくと申すは・いつも・退せず信ずるなり」と仰せだ。前進を貫く中にこそ、生きた証しを刻むことができる。
2015.5.20
「誰かの役に立ちたいと願う生き方こそ」
小さな虫を食べて生きてきた1匹のさそり。ある日、いたちに襲われ、井戸に飛び込んだ。
溺れゆく中で、さそりは思った。“自分は今までいくつの命をとったのかな。なのに、いたちに潔く身をささげられず、むなしく命を捨てるとは”。そして祈った。“この身を皆の幸せのために使いたい”。さそりは真っ赤な火と燃え、闇を照らす星となった。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』にある話だ。
全ての命は、他の命とのつながりの中で生きている。誰かの役に立ちたいと願い、それを喜びとする心は、この命の在り方、歴史と深く結びついているのだろう。
愛知のある学会員は、母の死を機に50歳で入会した。信心強盛だった母。どんな活動をしているかは知らなかった。しかし彼は、座談会に参加し、自分のこと以上に相手を思いやる学会員の姿勢に衝撃を受けた。“自分本位に生きるのはやめよう”と誓い、発心した。入会17年の今、同志のために動くことが「何より幸せ」と言う。
日蓮大聖人は、仏法の三世の生命観の上から「喜とは自他共に喜ぶ事なり」と示された。どんな苦難にも消えず、生涯、わが身を包み続ける幸福は、他者に尽くし、分かち合った喜びの中にこそある。それを体得できるのが学会活動である。